懿徳天皇陵

陵墓

懿徳天皇陵について

懿徳天皇陵は、第4代懿徳天皇の御陵と伝えられる場所です。

『日本書紀』には「畝傍山南繊沙渓上陵うねびやまのみなみのよささのたにのえのみささぎ」と記されており、奈良県橿原市西池尻町にある俗称「マナゴ山」に治定されています。

項目 内容
代数 第4代
天皇名 懿徳天皇
御陵名 畝傍山南繊沙渓上陵
(うねびやまのみなみのまなごのたにのえのみささぎ)
陵形 山形

懿徳天皇とは

懿徳天皇は、日本の第4代天皇で、いわゆる「欠史八代」の一人です。

主に婚姻政策で大和政権の拡大を図りました。

『日本書紀』では「大日本彦耜友天皇おおやまとひこすきとも の すめらみこと」と記され、『古事記』では「大倭日子鉏友命おおやまとひこすきとも のみこと」と記されています。

父は安寧天皇。子には後に孝昭天皇となり、男系の皇統として受け継がれていきます。

歴史

懿徳天皇は、父である安寧天皇の崩御を受けて翌年に即位しました。

即位2年には軽曲峡宮かるのまがりおのみや(奈良県橿原市)へと遷都したと伝えられています。(古事記では軽之境岡宮かるのさかいおかのみや

在位34年、9月8日に崩御され、享年は77歳または78歳とされています。

懿徳天皇に関しては考古学的な裏付けが乏しく、史実性は確かではありません。そのため「欠史八代」と呼ばれる天皇の一人として扱われていますが、皇統譜に連なる重要な存在であることには変わりありません。

陵墓内の様子

橿原神宮西口駅から徒歩で数分歩けば懿徳天皇陵です。

周辺は住宅街ですがきっちりと整備されており境内は静かでゆっくりとした時間が流れます。

周辺スポット

橿原神宮

懿徳天皇陵の最寄り駅「橿原神宮西口」はその名の通り橿原神宮の西側の入り口からすぐの場所にあるので一緒に巡ってしまうのがおすすめ。

西側から入る橿原神宮は森林の中を歩くので正面入り口から入るのとはまた違った趣を感じられます。

陵墓

周辺には初代天皇:神武天皇を始めとする古代の天皇陵が集中しています。

歴史探索ならこの辺りの陵墓をまとめて巡るのも良いかもしれません。

アクセス

項目 内容
所在地 奈良県橿原市西池尻町401
最寄り駅 近鉄 橿原神宮西口駅より徒歩5分
車でのアクセス 南阪奈道路「葛城IC」より約15分
駐車場 橿原神宮周辺に有料駐車場あり
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